日本歴史地名大系 「瓜生村」の解説
瓜生村
うりゆうむら
瓜生村
うりゆうむら
瓜生村
うりゆうむら
瓜生村
うりうむら
瓜生村
うりうむら
[現在地名]上中町瓜生・関
中世は瓜生庄の中心地であり、建久七年(一一九六)六月日付若狭国御家人注進案(東寺百合文書)に載る生新太郎清正の本貫地と思われる。文安五年(一四四八)一〇月二日付の明通寺寄進札に「生馬場之宗善」がみえ、弘治二年(一五五六)六月の明通寺鐘鋳勧進算用状(林屋辰三郎氏蔵)に「百八十八文 瓜生村」とある。
瓜生村
うりゆうむら
瓜生村
うりうむら
瓜生村
うりおむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報