瓦口村(読み)かわらぐちむら

日本歴史地名大系 「瓦口村」の解説

瓦口村
かわらぐちむら

[現在地名]香芝町大字瓦口

馬見うまみ丘陵南端、下田しもだ村東南方に所在。江戸初期から明治維新に至るまで一貫して旗本水野氏(長勝系)領。村高四二二・七石。寛文元年(一六六一)写の文禄四年乙未五月十七日葛下郡瓦口村御検地帳(瓦口の池原家文書)によると田二四町三反四畝四〇歩、畠四町九反四畝五五歩、屋敷三反九畝二二歩からなり、検地奉行は佐藤主殿。

享保年間(一七一六―三六)には、はね高(荒廃のため耕作されないが村高の対象となっている土地の高)をめぐって先代庄屋と年寄・惣百姓間に争論が起こった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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