甘田保(読み)あまだほ

日本歴史地名大系 「甘田保」の解説

甘田保
あまだほ

現志賀町甘田(旧谷)岩田いわた坪野つぼの宿女やどめおよび羽咋市柴垣しばがき町・滝谷たきだに町を含む地域に比定され、「三州志」に「甘田保五村曁垣内二処 柴垣滝谷・坪野神田岩田中浜」とみえ、近世初頭、くるみだに・岩田・坪野・宿女四ヵ村を雨田あまだ村といった(正保郷帳・能登志徴)

養和元年(一一八一)一一月二四日、木曾義仲軍に属する能登の武士藤原章通(のちの得田氏)得田とくだ保とともに安堵された地頭職のなかに甘田保があった(治承五年一一月二四日「源某下文案」雑録追加)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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