生岡神社(読み)いくおかじんじや

日本歴史地名大系 「生岡神社」の解説

生岡神社
いくおかじんじや

[現在地名]日光市七里

七里しちり地区の北東上野うわのにある。祭神は大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命。神護景雲元年(七六七)創建とも伝え(旧県史)、明治初年に廃絶した生岡大日堂鎮守であった。大日堂のある地は勝道が日光開山前に修行した地と伝え、神出現の地であるので生岡とよばれるようになったとされる(日光道中略記・堂社建立記)。「日光山滝尾建立草創日記」によれば、弘仁一一年(八二〇)二荒山に初めて登拝した空海は、九月一日「野口生岳」にとどまって大日遍照像を刻んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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