生田原町(読み)いくたはらちよう

日本歴史地名大系 「生田原町」の解説

生田原町
いくたはらちよう

面積:二六九・一〇平方キロ(境界未定)

昭和二九年(一九五四)四月紋別郡生田原村が町制を施行して成立。網走支庁管内のほぼ中央に位置し、北東は同郡湧別(ゆうべつ)町、東は常呂(ところ)郡佐呂間(さろま)町、東から南は同郡留辺蘂(るべしべ)町、西は紋別郡丸瀬布(まるせつぷ)町、西から北にかけては同郡遠軽(えんがる)町に接している。町域のやや東寄りを湧別川支流生田原(いくたわら)川(流路延長三八・六キロ、うち指定区間三五・六キロ)が北流し、仁田布(にたつぷ)川・浦島内(うらしまない)川との合流点に平地が開け安国(やすくに)・生田原(いくたはら)の両市街が形成されている。面積の八三・七パーセントが山林で、東部に摺鉢(すりばち)山(七〇七・八メートル)、北西に背谷牛(せたにうし)山(六二四・四メートル)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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