生里浦(読み)なまりうら

日本歴史地名大系 「生里浦」の解説

生里浦
なまりうら

[現在地名]詫間町生里

荘内しようない半島の先端部に位置する。南は大浜おおはま浦、西南ひうち灘、ほかは瀬戸内海。寛永国絵図では庄内しようない浦のうちに「南摩利」とみえる。幕末庄内村から分村したと考えられ、「西讃府志」によれば村の広さは東西六町三〇間・南北三七町三間、浦の長さ四六町一七間。波戸の長さ二三間、加子九戸。村高八五石余、反別は一九町七反余、うち畑一一町九反余・屋敷三反余。家数一一四・人数五一八、牛六五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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