田久村(読み)たくむら

日本歴史地名大系 「田久村」の解説

田久村
たくむら

[現在地名]宗像市田久・自由じゆうおか一―三丁目・同五―六丁目・栄町さかえまち自由じゆう丘西町おかにしまち桜美台おうびだい

つり川中流の平野部に位置し、北は土穴つちあな村など。当村の東部、徳重とくしげ村との境には赤間あかま宿から畝町あぜまち(現福間町)へ至る唐津街道が通る。宗像社家文書惣目録(宗二)赤馬庄久吉・刀禰丸文書の項に建長七年(一二五五)一〇月日付大宮司宗像氏業宛某袖判の田久村安堵状が載る。大宮司とあるが、氏業は建長三年二月一四日に子の宗像長氏に大宮司職を譲っていた(文永一一年六月一八日「宗像長氏証文注進目録案」宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一五)。同項には文永二年(一二六五)六月八日の宗像大宮司氏業宛某袖判による田久村久吉・刀禰丸・久富・今吉安堵状がみえ、田久村は久吉以下の名からなっていたことがわかる。同項に収める計二一通の文書目録には田久村の文言のないものもあるが、久吉・刀禰丸などの田久村にかかわる文書であったと思われる。文永一一年六月一八日、宗像長氏は前年八月三日の関東御教書により「所領当国宗像社領并同国赤馬庄田久村領主地頭職御下文・御下知・御教書以下証文事」を幕府に注進している(前掲注進目録案)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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