日本歴史地名大系 「赤馬庄」の解説
赤馬庄
あかまのしよう
建長七年(一二五五)一〇月幕府は宗像氏業に赤馬庄内の田久村を安堵しており(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)、正嘉元年(一二五七)閏三月二〇日の関東御教書案(宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一一)には当庄前預所近江入道清蓮が宗像神人等を刃傷殺害したとあるように、庄内には宗像社の神人が居住していた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
建長七年(一二五五)一〇月幕府は宗像氏業に赤馬庄内の田久村を安堵しており(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)、正嘉元年(一二五七)閏三月二〇日の関東御教書案(宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一一)には当庄前預所近江入道清蓮が宗像神人等を刃傷殺害したとあるように、庄内には宗像社の神人が居住していた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新