田代山寺村(読み)たしろやまでらむら

日本歴史地名大系 「田代山寺村」の解説

田代山寺村
たしろやまでらむら

[現在地名]白川町和泉(いずみ) 田代(たしろ)

飛騨川と白川に挟まれた地点の高原に位置する。北は葛牧(くずまき)村、東は広野(ひろの)村・和泉村、南は小原(おばら)村。もと西尾忠永(上野白井藩)領、元和五年(一六一九)より尾張藩領。慶長一五年(一六一〇)の当村の石盛定(洞雲寺文書)が残る。慶長郷帳では高六六石余。正保郷帳では田方四六石余・畑方一七石余。「濃州徇行記」では高二〇石余、家数二〇・人数一一二、馬四。茶・楮・鍛冶炭・串柿などを近村に売出す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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