田切須村(読み)たぎりすむら

日本歴史地名大系 「田切須村」の解説

田切須村
たぎりすむら

[現在地名]真野町田切須

北は倉谷くらたに村、東から南は西三川にしみかわ村。真野湾の南角である田切須鼻を中心とした海岸段丘上にある。村の中を小木おぎ街道(現国道三五〇号とほぼ一致)が通る。当地に多い佐々木姓の一人佐々木嘉門氏所有の地神大岩おおいわは古代の祭の場であったらしく、現在も中世的な正月の祭の形が引継がれる。慶長一三年(一六〇八)代官原土佐により当村にて新田開発があったが、この田(年貢四斗分)は諏訪大明神に寄付されたという(佐渡故実略記)。元禄七年(一六九四)検地帳(田切須区有)では田六町余・畑一四町六反余。屋敷持は二一筆で地字くるみ平・後ノ畑・みちはたなどにある。新御林が字岩坂に、百姓持山は一二ヵ所(うち椿林三・松林一)ある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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