田切須鉱山跡(読み)たぎりすこうざんあと

日本歴史地名大系 「田切須鉱山跡」の解説

田切須鉱山跡
たぎりすこうざんあと

[現在地名]真野町田切須

田切須地域内に両開(りようかい)・田(た)ノ崎(さき)・源五郎間歩(げんごろうまぶ)・干海間歩(ほしかいまぶ)・早賀間歩(はやがまぶ)・品賀浦喜左衛門間歩(しながうらきざえもんまぶ)などの鉱山跡がある。慶長九年(一六〇四)五月一五日の奉行宛つるが七助書状(相川郷土博物館蔵)に、「西三川・大須・田切須金銀山共、辰の正月十五日より砂金二十五枚に請負申候。上より水廻しに付て加増として銀子京目百枚上げ申候」とある。つるが七助は相川(あいかわ)鉱山へ入っている山師の一人で、西三川(にしみかわ)から大須(おおず)・田切須地域の鉱山稼を請負った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報