田尾原村(読み)たおばるむら

日本歴史地名大系 「田尾原村」の解説

田尾原村
たおばるむら

[現在地名]栗野町田尾原

北方(きたかた)村の北西、川内(せんだい)川の右岸に位置する。地内には南北朝期の田尾原供養塔群がある。このことから地名は塔の原が変化したものともいわれ(栗野町郷土誌)、塔原村とも記した(寛文六年「北方新田由来記」同書)。また江戸時代前期には崎鶴(さきつる)村といった(「三州御治世要覧」など)。寛文四年(一六六四)の郡村高辻帳では崎鶴村とみえ、高二〇二石余、「三州御治世要覧」には田尾原村とあり、高三八八石余。旧高旧領取調帳では高三七七石余。寛文六年に開かれた北方村の北方新田開発のための用水路は当村の田地開発にも大きな影響を与え、「塔原村之増高いかほと不相知候」と記されるほどであった(前掲北方新田由来記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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