田淵因碩(読み)たぶち いんせき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田淵因碩」の解説

田淵因碩 たぶち-いんせき

1871-1917 明治-大正時代囲碁棋士。
明治4年生まれ。独学で囲碁,将棋をおさめる。大塚因碩(14世井上因碩)に入門し,明治39年15世井上因碩を名のる。42年本因坊秀哉(しゅうさい)と手合定先(じょうせん)になおした。大正5年7段。大正6年11月23日死去。47歳。摂津西宮(兵庫県)出身本名米蔵(よねぞう)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む