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仁賀保 にかほ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仁賀保
にかほ

秋田県南西端,にかほ市北東部の旧町域。鳥海山の北斜面から日本海にいたる。 1955年平沢町と院内村,小出村の2村が合体して仁賀保町が発足。 2005年金浦町,象潟町と合体してにかほ市となった。中心集落の平沢は海岸沿いにある城下町で,中世以来,仁賀保氏が領有していた。地名もこの領主に由来する。海岸部には水田が広がり,県内で先進的な米作地帯を形成。鳥海山の北斜面では木材を産する。ダイズの栽培,肉牛や乳牛の飼育も行なわれる。付近はかつて日本有数の石油産出地帯であった。 1940年東京電気化学工業 (ティーディーケイ) の工場が進出し,石油から電子機器工業の町となった。金浦にまたがり,江戸中期に築造されたといわれる由利海岸波除石垣は国指定史跡。南東部は仁賀保高原と呼ばれ,鳥海国定公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

にかほ

秋田県南西端、鳥海山の北麓にある市。電子部品産業と漁業が盛ん。平成17年(2005)10月に仁賀保(にかほ)町・金浦(このうら)町・象潟(きさかた)町が合併して成立。人口2.8万(2010)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仁賀保
にかほ

秋田県南西部、由利(ゆり)郡にあった旧町名(仁賀保町(まち))。現在は、にかほ市の北部から東部を占める地域。日本海に臨む。旧仁賀保町は、1955年(昭和30)平沢町と院内、小出(こいで)の2村が合併して成立。仁賀保の名は中世の仁賀保郷による。2005年(平成17)金浦(このうら)、象潟(きさかた)の2町と合併して市制施行、にかほ市となった。海岸沿いをJR羽越本線、国道7号が走る。気候温暖で稲作農業に適し、県内の乾田馬耕の先進地である。花卉(かき)栽培も行われている。中心地区の平沢には1940年(昭和15)東京電気化学工業(現、TDK)の工場が設立され、フェライト、セラミックコンデンサなどを生産してきた。平沢漁港はハタハタ漁で有名。院内油田があったが1995年(平成7)閉山。県指定無形民俗文化財に冬師(とうし)、伊勢居地(いせいじ)、釜ヶ台(かまがだい)の各番楽(ばんがく)がある。仁賀保高原には県営牧場やキャンプ場がある。[宮崎禮次郎]
『『仁賀保郷土誌』(1972・仁賀保町)』

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