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町井友之丞 まちい とものじょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

町井友之丞 まちい-とものじょう

?-1799* 江戸時代中期-後期の一揆(いっき)指導者。
伊勢(いせ)(三重県)一志郡の庄屋組合頭。津藩の郡奉行茨木重謙(いばらき-しげかね)の藩政改革に反対,寛政8年3万人の農民が蜂起(ほうき)。友之丞は首謀者として,寛政10年12月19日処刑された。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

町井友之丞

没年:寛政10.12.19(1799.1.24)
生年:生年不詳
寛政8(1796)年津藩一揆の指導者。祖先は伊賀国の領主筋と伝える。伊勢国(三重県)一志郡津藩領谷杣村組合頭を務めたが,一揆の張本人として処刑されたときに30歳に満たなかったといわれるので,生年は明和年間(1764~72)と推定される。津藩は,寛政4(1792)年に藩政改革として菓木役所を新設し,藩収を増やし,農村の疲弊を解決するため,借金の返済猶予や耕地の割替えなど幾つかの改革を進めようとした。しかし,領民は改革への反発を強め,全藩一揆に展開し,改革は失敗した。友之丞は一揆後,他のふたりと塔世川原で処刑され晒首になった。牢内から死後供養を頼んで,鼻紙に漢詩,辞世を認めた。「おそろしき屠所の陸路のけわしきも船にまかせる身こそやすけれ」はそのひとつである。<参考文献>深谷克己『寛政期の藤堂藩』

(深谷克己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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