畠山重保墓(読み)はたけやましげやすのはか

日本歴史地名大系 「畠山重保墓」の解説

畠山重保墓
はたけやましげやすのはか

[現在地名]鎌倉市由比ガ浜二丁目

由比ゆいはま一ノ鳥居の傍らにある宝篋印塔。安山岩製。総高三四五・五センチ。基礎に「明徳第四 霜月三 日大願主 比丘道有」の銘文があり、明徳四年(一三九三)の造立を示すが、古くから畠山重忠の嫡子六郎重保の墓と伝える。文明一八年(一四八六)鎌倉を訪れた万里集九は「梅花無尽蔵」に「指六郎之五輪於路傍」と記し、「鎌倉志」も由比ガ浜にある五輪塔をいい、「明徳第四 癸酉霜月日 大願主道有」と切付けてあると伝え、鎌倉の史跡として注目されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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