畠崎村(読み)はたけざきむら

日本歴史地名大系 「畠崎村」の解説

畠崎村
はたけざきむら

[現在地名]鳥取市里仁さとに

甲山かぶとやま村の南東にある。江戸時代の史料では畑崎村と書かれることが多い。もと甲山村の枝郷で、元禄国絵図・元禄郷帳作成の際、高分けの枝郷として記載された(元禄一四年「変地其外相改目録」県立博物館蔵)。しかし寛文大図(倉田八幡宮蔵)には村名が記載されており、元禄二年(一六八九)の田地永代売渡証文(岸田家文書)宛名居村が畑崎村となっているなど、早くから村として形態を整えていたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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