登大路村(読み)のぼりおおじむら

日本歴史地名大系 「登大路村」の解説

登大路村
のぼりおおじむら

[現在地名]加茂町大字例幣れいへい 登大路

瓶原みかのはらの北、三上さんじよう山の南麓に位置する。北東仏生寺ぶつしようじ村、西はひがし村、南は伊賀街道を境に河原かわら村に接する。古代の恭仁くに京に比定される地の北の部分を占め、大内裏が置かれた地とされ、村名も恭仁京に関係があると思われる。国分寺は恭仁京の大極殿を施入されて、旧地より移転したといわれるが、鎌倉時代までは存続したといわれるから、古代・中世はその周辺集落としても機能したと思われる。

承応二年(一六五三)までは津藩藤堂家知行地であった(宗国史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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