白栖村(読み)しらすむら

日本歴史地名大系 「白栖村」の解説

白栖村
しらすむら

[現在地名]和束町大字白栖

和束川の右岸森田もりた山などの山麓を村域とし、西北から東北にかけては山地、南は和束川を境として撰原えりはら村・杣田そまだ村。平地に乏しく、地味も「其色赤黄、其質下等ニ属ス、稲梁ニ適セス、稍桑茶ニ可ナルノミ、然トモ耕地ハ都テ渓間ニアルヲ以テ水利不便ナリ」(京都府地誌)であった。

江戸時代には和束郷の一村で、高三九一・五石、禁裏新御料(享保一四年山城国高八郡村名帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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