白津村(読み)しろづむら

日本歴史地名大系 「白津村」の解説

白津村
しろづむら

[現在地名]猪苗代町八幡(やはた)

東館(ひがしだて)村の東、川桁(かわげた)山地西麓に位置する。川東組に属した。「しろうづ」ともよぶ。猪苗代氏の祖三浦(佐原)経連は当地北東の根岸(ねぎし)山に八手山(はつてやま)館を築き居館としたと伝える(「新編会津風土記」「温故拾要抄」「耶麻郡誌」など)。またこの居館を亀(かめ)ヶ城と称したとする説もある。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では猪苗代郡のうちに地名がみえ、高四六五石余。享保三年(一七一八)には高六〇二石余、家数八三、男一七九・女一四三、馬四六、天明六年(一七八六)には高六〇〇石余、家数三九、男九四・女七九、馬二二(「留帳」小林家文書)。「新編会津風土記」によると家数四二、用水は上五(かみご)ヶ村(そん)堰より取入れた。文化一五年(一八一八)の村日記では高六〇〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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