白神六丁目(読み)しらかみろくちようめ

日本歴史地名大系 「白神六丁目」の解説

白神六丁目
しらかみろくちようめ

[現在地名]中区大手おおて町三―四丁目

白神五丁目の南にあり、東は尾道おのみち町、西は元安もとやす川、南は六丁目村。白神組に属した。

元和五年広島城下絵図に町間数五一間とあり、寛永二年広島町数家数改め(済美録)では本家二五軒・借家四七軒、承応切絵図には家数二六、間数合計一二七間一尺五寸と記され、年寄一名、町役六名の名がみえ、このほか大工役・木挽役各二軒、御大工一軒、大工一二軒などがあり、木挽・大工の町であった。「知新集」には町間数一丁四五間八歩七厘四毛、町門二、竈数九九(本竈二二・借竈七七)、人数五三七(男二六四・女二七三)、うち大工一七人、傘釣灯張三人、桶屋・畳刺・筆結・仕立物師紺屋・同手間・石工・建具師各一人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む