白道院跡(読み)びやくどういんあと

日本歴史地名大系 「白道院跡」の解説

白道院跡
びやくどういんあと

[現在地名]弘前市新寺町

新寺しんてら町寺院街の遍照へんしよう寺の東隣にあった。現廃寺。二河山と号し、浄土宗鎮西名越派。貞昌ていしよう寺末寺。開山世誉開基は浄誉欣求。享和三年(一八〇三)の寺社領分限帳(国立史料館蔵)に、貞昌寺念仏堂覚入庵として白道院がある。文化三年(一八〇六)の新製弘前分間総図(市立弘前図書館蔵)に当院がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む