百戸村(読み)もどむら

日本歴史地名大系 「百戸村」の解説

百戸村
もどむら

[現在地名]境町百戸

いち(現在は水田)の東に所在。北は一之谷いちのや村。南部は利根川の流作場。西部にマイゴつぼ貝塚間田ままだ貝塚があり、縄文土器片が出土。百戸古墳群は前方後円墳二基と円墳三基からなり、円筒埴輪人物埴輪、大型の馬形埴輪などが出土。奈良時代にすでに家数が一〇〇戸あったので百戸と称すると伝えられる。

江戸時代は下総関宿藩領で、「寛文朱印留」に村名がみえる。猿島郡下郷に属し、当村の長野(永野)家は下郷二三ヵ村の大庄屋を勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の...

逃げ水の用語解説を読む