真如院跡(読み)しんによいんあと

日本歴史地名大系 「真如院跡」の解説

真如院跡
しんによいんあと

葉室はむろ山麓にあった寺。跡地は現京都市西京区山田平尾やまだひらお町辺りとされる。平安初期、文徳天皇に信任された参議藤原良縄(貞観一〇年二月一八日没)が、天皇没後、供養のため同地にあった別業を道場としたのに始まる。その経緯は「三代実録」貞観四年(八六二)二月一六日条に「別墅一区、在山城国葛野郡、良縄奉為先皇、造仏写経、安置其中、親母出家、便亦居住、請捨事為道場、賜名真如院」とある。承久三年(一二二一)の八条院遺跡御願寺荘々等目録(醍醐寺文書)に「真如院領十ケ所」とみえ、嘉元四年(一三〇六)六月一二日の昭慶門院領目録案(竹内文平氏旧蔵文書)により、それが河内国橘嶋たちばなしま荘、近江国大石荘、美濃国弓削田ゆげた荘・加納などであったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む