真泥村(読み)みどろむら

日本歴史地名大系 「真泥村」の解説

真泥村
みどろむら

[現在地名]大山田村真泥

服部はつとり川の南、平田ひらた村の西にあり、南は山田郡友生ともの(現上野市)。服部川の旧河道は南の山麓の現日野ひの川筋と推定され、現服部川筋と旧河道筋との間に二条の自然堤防が存在し、服部川が現河筋に定着するまでにはかなりの乱流があったと考えられる。当村の平地一帯が泥田であり、真泥という村名も自然地勢に由来するといわれている。したがって集落は山麓部に形成されている。当村西部の丘陵上、寺垣内てらかいとに五世紀後半と推定される前方後円墳がある。朱彩痕の埴輪円筒が出土している。その少し北西の下山しもやまに一―六号墳、当村東部の神林かんばやしに一―一〇号墳、平林ひらばやしに一―三号墳の阿部山あべやま古墳、その東の墓の谷はかのたにに一―四号墳の古墳群が存在する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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