知気寺村(読み)ちきじむら

日本歴史地名大系 「知気寺村」の解説

知気寺村
ちきじむら

[現在地名]鶴来町知気寺町・明光めいこう四丁目

手取川扇状地の扇央部に位置し、西は七原しちはら村、南は井口いのくち村。集落は村の南端にあり、ごう用水ひがし川から分流するさかい川が村内を北流する。天正一一年(一五八三)四月日の羽柴秀吉禁制(北徴遺文)に「ちけん寺村」とみえ、「加賀志徴」の引く元和五年(一六一九)の前田利常知行目録などには知慶寺村と記される。正保郷帳では高七八六石余、田方四九町三反余・畑方三町一反。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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