石作経塚(読み)いしづくりきようづか

日本歴史地名大系 「石作経塚」の解説

石作経塚
いしづくりきようづか

[現在地名]西京区大原野石作町

小塩おしおから善峰よしみね寺へ通じる狭長な谷の入口を形成する、南側低丘陵頂にある。小塩集落の東方約一・三キロの地で、もと善峰寺の一院である往生おうじよう院があったと伝える。

経塚の主体は小石室で、上は小墳丘によって覆われていたらしい。石室内から経筒二、その外容器である土製外筒六、青白磁草花文合子残欠一、水晶製念珠八が発見されたという。経筒はいずれも鋳銅製だが、うち一は筒身の下半部が欠失し、現存高一九・八センチ、身の口径一一センチあり、上部はやや広がり気味になる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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