石名原村(読み)いしなはらむら

日本歴史地名大系 「石名原村」の解説

石名原村
いしなはらむら

[現在地名]美杉村石名原

雲出くもず川最上流域にあり東は奥津おきつ村、西は杉平すぎひら村。北は伊勢地いせじ川を隔てて三多気みたけ村に対する。南はたけぼら(一〇二一・六メートル)山地。古来初瀬はせ(伊勢)本街道が通じてその宿場的な地位にあった。文禄検地帳を転記したと思われる伊勢国中御検地高帳には石名原とみえる。

近世は津藩領に属する。寛延年中(一七四八―五一)の家数一八四と郷士二、人数六〇六、牛三五。神祠に天神社・愛宕社があり、寺院観音寺・宝堂院がある。明治五年(一八七二)の村明細帳(徳川林政史蔵)では家数一三五、人数六二六、馬二、牛五八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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