石川光忠(読み)いしかわ みつただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石川光忠」の解説

石川光忠 いしかわ-みつただ

1594-1628 江戸時代前期の武士
文禄(ぶんろく)3年生まれ。関ケ原の戦いで西軍に属して領地をうしなった播磨(はりま)(兵庫県)竜野城主石川光元の長男。母とともに徳川家康につかえ,慶長15年美濃(みの)・摂津に1万石余を領した。家康の命により,17年尾張(おわり)家徳川義直に臣属し,名古屋藩城代となる。子孫は藩家老を世襲,曾孫(そうそん)正章(まさあき)のとき石河(いしこ)と改姓した。寛永5年9月18日死去。35歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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