石川年足墓(読み)いしかわのとしたりのはか

日本歴史地名大系 「石川年足墓」の解説

石川年足墓
いしかわのとしたりのはか

[現在地名]高槻市月見町

眺望のきく丘腹に立地するが、現在なんらの墳丘らしきものはみられず、「荒神塚」と刻された石碑のみが立つ。文政三年(一八二〇)地表下約一・二メートルのところから、周囲を木炭で囲った蔵骨櫃が掘出され、中から一枚の金銅板墓誌が発見された。櫃は一辺三二センチの身に、一辺三五・五センチの蓋をかぶせたものと復原される。墓誌は長さ二九・六センチ、幅一〇・三センチ、厚さ〇・三センチで、周囲に唐草文の線刻が施され、文様の間には魚子がうたれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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