石持村(読み)いしもちむら

日本歴史地名大系 「石持村」の解説

石持村
いしもちむら

[現在地名]東和町石持

南成島(みなみなるしま)村の南、中内(なかない)村の西に位置し、北上高地西辺の山地と丘陵に立地。村名は、当村鎮守の文殊堂の床下に鏡餅に似た三枚の石が埋めてあったことに由来し、古くは石餅と書かれていたという(邦内郷村志)。石無内(いしもうち)村・石毛地村とも書かれた。天正九年(一五八一)一月の和賀氏分限録(小田島家記録写)の地下士(堪忍衆)のなかに石持亀倉がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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