石貫古城横穴群(読み)いしぬきこじようよこあなぐん

日本歴史地名大系 「石貫古城横穴群」の解説

石貫古城横穴群
いしぬきこじようよこあなぐん

[現在地名]玉名市石貫 古城原

広福こうふく寺参道を挟んで起伏する丘陵の一つに古城こじよう城跡がある。この丘陵を囲む南と東のおよそ一五〇メートルの阿蘇泥溶岩の崖壁に三四基の横穴が二群に分れて群集している。ほかの横穴と構造など変りはないが、そのうちの一基に珍しい装飾が左右の屍床壁に描かれている。右屍床壁のものは長い棒先に釣灯籠をつけて差伸べた格好ともみえるし、棒を除けば甲羅をもつ四つんばいの亀ともとれるし、また見方を変えれば竪穴住居、あるいは二個の盾を連想させる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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