砂町(読み)すなまち

日本歴史地名大系 「砂町」の解説

砂町
すなまち

[現在地名]富山市砂町

片原かたはら町の北端付近を北東に折れ、いたち川に至るまでの両側町で、北陸街道(巡見使道)に沿う。鼬川には橋が架けられ、対岸向川原むこうがわら町に至る。本町のうち。寛文六年(一六六六)の御調理富山絵図にみえ前田利次による町割当初からの町。安永八年(一七七九)の本家数二七・貸家数二二で、二丁目まであった(「町方旧記抜書」前田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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