破籠井村(読み)わりごいむら

日本歴史地名大系 「破籠井村」の解説

破籠井村
わりごいむら

[現在地名]諫早市真崎破籠井名まさきわりごいみよう

真崎村の北に位置し、真崎川が流れる。大村街道(長崎路)が通り、番所が置かれていた。北の風観ふうかん(火ノ見峠)には古代に烽火場が設けられていたと伝えられ、大村道沿いに風観岳支石墓群がある。文治四年(一一八八)平家の将讃岐中将伊賀倉左近平時実の一族八人が当地に逃れ、当地に讃州さんしゆう谷と名付けて定住、建仁二年(一二〇二)平家の守護神の熊野権現を野林山上に祀ったという(「熊野神社縁起」諫早市史)権現の正面の立田たつたに宮司家の吉谷氏の墓があり、その背後の雑木林には平家の落人の墓という伝承をもつ大小一〇〇基余の自然石の石碑や墓跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む