磑森村(読み)するすもりむら

日本歴史地名大系 「磑森村」の解説

磑森村
するすもりむら

[現在地名]和田町磑森

上三原かみみはら村の北東山間に位置する。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録に須森村とみえ、高一〇一石余、うち田方四六石余。里見氏給人領。元和六年(一六二〇)東条藩西郷氏領となるが、村高は五三石余に減少している(東条藩領知目録)正保郷帳には磑森村とあり、田高三〇石余・畑高二二石余。元禄五年(一六九二)西郷氏の移封により上知され、以後滝原たきのはら村と同様の変遷をたどる。正徳五年(一七一五)年貢割付状(磑森区有文書)によれば、村高五四石余のうち九斗余の山役があり、取米七石余・取永二貫九九一文。この年定免となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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