祐子内親王家紀伊(読み)ゆうしないしんのうけのきい

精選版 日本国語大辞典 「祐子内親王家紀伊」の意味・読み・例文・類語

ゆうしないしんのうけ‐の‐きいユウシナイシンワウケ‥【祐子内親王家紀伊】

  1. 平安後期の女流歌人。後朱雀天皇皇女高倉一品宮祐子に女房として仕えた。「堀河院艷書合」「堀河百首」の作者。家集「一宮紀伊集」。「後拾遺集」以下の勅撰集に三一首入集。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「祐子内親王家紀伊」の解説

祐子内親王家紀伊 ゆうしないしんのうけの-きい

?-? 平安時代中期-後期の歌人。
祐子内親王につかえる。天喜(てんぎ)4年(1056)「皇后宮春秋歌合」に名がはじめてみえる。「堀河百首」の歌人のひとり。「後拾遺和歌集」以下の勅撰集に31首がのせられている。通称は一宮紀伊,中宮紀伊。家集に「一宮紀伊集」。
【格言など】音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ(「小倉百人一首」)

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