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天喜 テンギ

大辞林 第三版の解説

てんぎ【天喜】

年号(1053.1.11~1058.8.29)。永承の後、康平の前。後冷泉ごれいぜい天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

てんき【天喜】

⇒天喜(てんぎ)

てんぎ【天喜】

日本の元号(年号)。平安時代の1053年から1058年まで、後冷泉(ごれいぜい)天皇の代の元号。前元号は永承(えいしょう)。次元号は康平(こうへい)。1053年(永承8)1月11日改元。天変・怪異の凶事・凶兆を断ち切るために行われた。『抱朴子(ほうぼくし)』を出典とする命名。1053年(天喜1)、関白の藤原頼通(よりみち)が造営を進めていた宇治の平等院鳳凰堂(阿弥陀堂)が完成した。奥州では、安倍氏による反乱をきっかけとして1051年(永承6)に前九年の役が始まった。源頼義(よりよし)が奥州に派遣されるが、安倍氏は上東門院(藤原彰子、後冷泉天皇の祖母)の病気快癒祈願の大赦により赦免され、戦わずして頼義に帰服する。しかし、1055年(天喜3)に頼義が率いる軍の営舎が襲撃される事件が起きた。頼義はその犯人を安倍貞任(さだとう)と断定、安倍頼時(よりとき)(安倍氏の棟梁、貞任の父)に貞任の身柄引き渡しを要求したが、頼時はこれを拒否し、再び戦端が開かれた。1057年(天喜5)には安倍頼時が戦死し、貞任が家督を継いだ。同年11月、貞任は黄海(きのみ)の戦いで頼義に大勝している。前九年の役は、その後、1062年(康平5)まで続く。◇「てんき」とも読む。

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