拾遺和歌集(読み)シュウイワカシュウ

デジタル大辞泉 「拾遺和歌集」の意味・読み・例文・類語

しゅういわかしゅう〔シフヰワカシフ〕【拾遺和歌集】

平安中期の勅撰和歌集八代集の第三。20巻。撰者未詳。寛弘2~4年(1005~07)ごろ成立拾遺抄増補したものといわれる。万葉集古今集後撰集時代のものが大部分で、約1350首を収録拾遺集

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精選版 日本国語大辞典 「拾遺和歌集」の意味・読み・例文・類語

しゅういわかしゅうシフヰワカシフ【拾遺和歌集】

  1. 平安中期の三番目の勅撰集。二〇巻。撰者、成立ともに未詳。花山法皇を中心に寛弘初年頃(一〇〇五‐〇七頃)成立したとみられる。藤原公任私撰集拾遺和歌抄」との関連が深い。四季、賀、別、物名、雑、神楽歌、恋、雑四季、雑賀、雑恋、哀傷に部立され、一三五一首の歌を収める。万葉歌や紀貫之大中臣能宣清原元輔の歌などが多い。三代集の一つ。拾遺集。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「拾遺和歌集」の意味・わかりやすい解説

拾遺和歌集
しゅういわかしゅう

平安中期の3番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。撰者は不詳であるが、花山院(かざんいん)とする説が有力。私撰集である十巻本の『拾遺抄』との関係は複雑を極め、その成立の先後が問題とされるが、「抄」を増補した「集」は1005~1007年(寛弘2~4)に成立したことが確実視されている。

 歌数は1351首(流布本)、春、夏、秋、冬、賀、別、物名(もののな)、雑(ぞう)上・下、神楽歌(かぐらうた)、恋1~5、雑春、雑秋、雑賀、雑恋、哀傷の諸部立(ぶだて)からなり、基本的には「抄」の構造を受けている。主要歌人は紀貫之(きのつらゆき)113首、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)104首、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)59首、清原元輔(きよはらのもとすけ)46首、平兼盛(かねもり)38首、藤原輔相(すけみ)37首、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)34首、源順(したごう)37首、伊勢(いせ)25首、恵慶(えぎょう)16首、村上(むらかみ)天皇16首、藤原公任(きんとう)15首などであり、人麻呂を除けば、『古今集』以下の三代集時代の有力歌人を網羅した観がある。採録された歌の内容は、私的な褻(け)の歌を重んじた『後撰集(ごせんしゅう)』とは対照的に屏風歌(びょうぶうた)などの晴(はれ)の歌が多くなっている。そのほか、贈答歌の大幅な減少、物名・神楽歌の復活、旋頭歌(せどうか)・長歌の採択などからすると、総じて『古今集』の伝統にふたたび立ち返ろうとする姿勢を認めることができる。「春立つといふばかりにやみ吉野の山も霞(かす)みて今朝は見ゆらむ」(春上・壬生忠岑(みぶのただみね))の歌にみられるように歌風は一般に平淡優美であり、調べのなだらかな作が多い。

[平田喜信]

『片桐洋一著『拾遺和歌集の研究 校本篇・研究篇』『拾遺和歌集の研究 索引篇』(1970、1976・大学堂書店)』


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改訂新版 世界大百科事典 「拾遺和歌集」の意味・わかりやすい解説

拾遺和歌集 (しゅういわかしゅう)

〈三代集〉の一つとして第3番目の勅撰和歌集。《拾遺集》と略称する。撰者は明らかでないが,花山院(花山天皇)が藤原長能(ながよし),源道済(みちなり)ら近臣の歌人たちの助力を得て撰集したものか。成立年時も明確でなく,1007年(寛弘4)までに成ったと推定され,花山院晩年の和歌愛好の産物らしい。平安時代では《拾遺集》より《拾遺抄》のほうが重視され流布していたために,両者の先後関係をめぐって古来論じられてきたが,《抄》の所収歌すべてを含み増補発展させて《集》が成ったとする考えが近時有力である。《抄》の10巻571首(島根大学本)に対して,《集》は20巻1351首(天福本)となる。部立は春,夏,秋,冬,賀,別,物名,雑上,雑下,神楽歌,恋一~恋五,雑春,雑秋,雑賀,雑恋,哀傷である。〈雑春〉〈雑秋〉など新しい部立を設け,恋歌に比重が大きく,屛風歌や歌会歌などの晴の歌を中心とする。主要歌人は紀貫之113首,柿本人麻呂104首,大中臣能宣59首,清原元輔46首,平兼盛38首,藤原輔相(すけみ)37首など。歌風は古今調の系列にありながら,調和的な優美平淡さとほのかな余情とが指摘されている。
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百科事典マイペディア 「拾遺和歌集」の意味・わかりやすい解説

拾遺和歌集【しゅういわかしゅう】

平安時代,3番目の勅撰集。集名の〈拾遺〉は《古今和歌集》《後撰和歌集》にもれたものを拾うの意で,集の性格を示している。20巻。歌数約1350首。撰者については花山院説と藤原公任説があり,成立も明確ではなく,1007年までに成ったかとされる。
→関連項目赤染衛門和泉式部花山天皇賀茂保憲女三代集曾禰好忠八代集藤原公任物名

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「拾遺和歌集」の意味・わかりやすい解説

拾遺和歌集
しゅういわかしゅう

平安時代中期の第3勅撰和歌集。 20巻。約 1300首。書名は『古今集』や『後撰集』で選び残された歌を拾う集の意。撰者や成立の事情は明確でない。退位後の花山法皇の発意により,藤原公任 (きんとう) の私撰集『拾遺抄』を基にして,側近の歌人とともに増補を重ねて完成したものらしい。成立は寛弘3 (1006) 年前後か。平安時代には『拾遺抄』のほうがむしろ勅撰集として考えられていた形跡がある。伝本は流布本系のほかに複雑な成立事情を反映した異本系統のものがいくつかある。春,夏,秋,冬,賀,別,物名,雑 (上下) ,神楽歌,恋 (一~五) ,雑春,雑秋,雑賀,雑恋,哀傷と類別され,四季,賀,恋の分化など『拾遺抄』の影響が大きい。『古今集』『後撰集』時代の歌人を重視する一方で『万葉集』の歌にも関心を寄せ,紀貫之の歌とともに柿本人麻呂の作と称する歌を数多くとっている点に特色がある。歌風は古今調を完成させた優美で平淡な傾向を示している。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「拾遺和歌集」の解説

拾遺和歌集
しゅういわかしゅう

第3番目の勅撰集。花山法皇の撰か。周辺の歌人たちの関与も考えられる。1006年(寛弘3)前後の成立。「拾遺抄」を増補してなったとみるのが通説。1350首ほどを収め,四季・賀・別・物名・雑上下・神楽(かぐら)歌・恋1~5・雑春・雑秋・雑賀・雑恋・哀傷の20巻。収録の多い順に紀貫之(つらゆき)・柿本人麻呂・大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)・清原元輔(もとすけ)で,なかでも人麻呂の評価が高い。晴の歌・恋歌が多いことも特徴。「新日本古典文学大系」所収。

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旺文社日本史事典 三訂版 「拾遺和歌集」の解説

拾遺和歌集
しゅういわかしゅう

平安中期,第3番目の勅撰和歌集。八代集の一つ
1005〜09年成立。20巻。歌数約1350首。撰者は花山院・藤原公任 (きんとう) の2説がある。風情が可憐で調べはしめやか。歌風としての優雅を完成した。集名は『古今和歌集』『後撰和歌集』にもれ遺 (のこ) ったものを拾うの意による。

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