祝園庄(読み)ほうそののしよう

日本歴史地名大系 「祝園庄」の解説

祝園庄
ほうそののしよう

古代の祝園郷(和名抄)に立荘されたと考えられ、近世の祝園村一帯に比定される。立荘時期やその後の伝領関係等詳細は不明だが、正元元年(一二五九)一二月一四日付の平信房田地売券案(白河本東寺文書)に、「沽却 田地新立券文事」として荘名が初見するほか正応三年(一二九〇)八月の西大寺田畠目録(西大寺文書)、応安元年(一三六八)一一月一九日付田地寄進状(東大寺文書)、文明五年(一四七三)二月の北野社領諸国所所目録(北野神社文書)にも祝園庄がみえ、西大(さいだい)寺・東大寺(現奈良市)・北野社(現京都市上京区)が祝園庄になんらかの権益を有したことがうかがわれるが詳細は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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