神内山古戦場(読み)こうないやまこせんじよう

日本歴史地名大系 「神内山古戦場」の解説

神内山古戦場
こうないやまこせんじよう

[現在地名]高槻市神内・上牧山手町・梶原二丁目付近

天王てんのう山南麓、西国街道西側の神内山山中一帯にある古戦場。文和四年(一三五五)二月、南北朝和解を企図した赤松則祐を打倒するため南朝軍は京都に乱入するが、これを討つ北朝方足利(義詮)赤松氏らが「神南」の北の峰に陣を張り、淀川を挟んで八幡やわた(現京都府八幡市)に陣を取る楠木・山名氏らと対峙した(「太平記」巻三二神南合戦事)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む