神功皇后神社(読み)じんぐうこうごうじんじや

日本歴史地名大系 「神功皇后神社」の解説

神功皇后神社
じんぐうこうごうじんじや

[現在地名]豊北町大字神田上 江尻下

土井(どい)ヶ浜(はま)南はずれの台地上に鎮座。東方には土井ヶ浜遺跡がある。住吉(すみよし)神社を一宮(いちのみや)というのに対し、通称二宮(にのみや)とよばれる。古くは神田別府(かんだぺつぷ)二宮神功皇后大明神とよばれ、江戸中期から神田中(かんだなか)村の氏神とされたが、氏子圏としては神田下(かんだしも)村の大川(おおがわ)を含む。神功皇后を祀る。旧村社。

社伝では正応元年(一二八八)蒙古襲来のとき異国降伏祈願のため、長府(ちようふ)(現下関市)から勧請し、社殿を建立したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む