神田錦町一丁目(読み)かんだにしきちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「神田錦町一丁目」の解説

神田錦町一丁目
かんだにしきちよういつちようめ

[現在地名]千代田区神田錦町一丁目・神田小川町かんだおがわまち二丁目

明治五年(一八七二)起立神田橋かんだばし御門の北西、小川町の南に位置する。町名は町の西側を画する南北路を錦小路と通称したことによる(御府内備考)。江戸時代はおおむね武家地で、明暦三年(一六五七)の新添江戸之図によると大炊殿おおいどの橋の北西にあたり、加藤助右衛門・中川市助などが屋敷を構えている。なお、寛永江戸図でも伊藤織部などの拝領屋敷

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む