神矢道遺跡(読み)かみやみちいせき

日本歴史地名大系 「神矢道遺跡」の解説

神矢道遺跡
かみやみちいせき

[現在地名]遊佐町藤崎

藤崎ふじさき集落西方の古砂丘中にあったとみられるが、現在位置は確認されていない。佐藤藤左衛門・藤蔵父子が、延享二年(一七四五)からの西山にしやま砂丘植林を行った際、石器類が発見された。藤崎山あるいは青塚あおづか南方ともみられるが、石鏃の俗称神矢(根)石が多出したことから、当時より神矢道と総称されていた。石鏃は佐藤家文書によれば酒井忠徳などへ贈呈された四三七点、皇室献上品五〇〇点、佐藤家所蔵品などを合計すれば二千点近くに及ぶ。石匙・石棒・石槍・磨製石斧も採集されているが土器はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大物忌 青塚 西山

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む