禅林寺跡(読み)ぜんりんじあと

日本歴史地名大系 「禅林寺跡」の解説

禅林寺跡
ぜんりんじあと

露草つゆくさの神明宮前の道路を西へ行き、相内あいうち川の手前を右折し約一千メートルで俗称四軒屋しけんやに至る。ここが禅林寺跡と伝えられるが、未発掘で所在地は確認できない。

「陸奥古碑集」によれば「禅林寺址三基 相内地方史蹟に(中略)一松樹を見る樹下に二基の五輪塔の断片あり(中略)此辺にて完全なる墓石土中より掘出したる人あり云々とあるなり」とみえ、蓮華れんげ庵奥の墓地の一隅にある高さ約一メートルの粗末な五輪塔がその一つという。そのほかに禅林寺跡から発見されたという延文年間(一三五六―六一)の板碑が五基ある。「十三往来」に「禅林寺過現未堂三千仏、光明赫々面霊山浄土共覚」とあり、当時禅林寺は十三千坊とさせんぼうの一つとして繁栄したことが推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む