禅林寺(読み)ぜんりんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

禅林寺
ぜんりんじ

京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派の大本山山号は聖衆来迎山。旧号無量寿院。通称,永観堂。斉衡2 (855) 年空海の弟子真紹が創建し勅願寺となった。のち念仏を広めた永観が入寺して,中興の祖といわれた。国宝『山越阿弥陀図』『金銅蓮華文磬』を所蔵する。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

禅林寺

高野山真言宗に属する。開創天平時代という。近畿地方などの寺でつくる西国四十九薬師霊場の一つ。健康や長寿御利益があるとされる高野長峰霊場10カ所の第1番札所でもある。地元では「幡川のお薬師さん」として親しまれている。

(2017-04-12 朝日新聞 朝刊 和歌山全県・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

ぜんりん‐じ【禅林寺】

京都市左京区にある浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号は聖衆来迎山。開創は斉衡2年(855)、開山空海の弟子真紹。以来真言道場であったが、承暦年間(1077~1081)に永観が入寺して念仏道場となり、のち法然の弟子清遍や浄音住持となり浄土宗となった。本尊見返り阿弥陀如来として有名。所蔵の山越阿弥陀図は国宝。永観堂。

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百科事典マイペディアの解説

禅林寺【ぜんりんじ】

永観堂とも。京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派の本山。空海の弟子真紹が真言宗の寺として創建,宗叡の時清和天皇帰依を受け発展。11世紀末永観が三論および浄土念仏をすすめて中興した。本堂の見返りの弥陀(みだ),山越阿弥陀図,十界図寺宝が多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぜんりんじ【禅林寺】

京都市左京区にある浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号を聖衆来迎山,院号を無量寿院といい,一般には永観堂の名で親しまれる。空海の弟子真紹は仁明天皇の厚遇に報いるため河内の観心寺に五仏を安置したが,辺地の縁に乏しいことを嘆き,855年(斉衡2)上表して藤原関雄の東山の山荘を買得し,一宇を建立して五仏を安置し,鎮護国家の道場としたのが初めである。2世の宗叡は真紹の甥で清和天皇に進講し,863年(貞観5)天皇は禅林寺の寺名を下して定額寺とし,877年(元慶1)には山城愛宕(おたぎ)郡の公田4町が施入された。

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大辞林 第三版の解説

ぜんりんじ【禅林寺】

当麻寺たいまでらの正称。
京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派の総本山。通称、永観堂。山号、聖衆来迎山。855年空海の弟子真紹の開基とされ、863年禅林寺の号を下賜される。承暦年間(1077~1081)に永観が中興し、その後浄土宗に転じた。寺宝に山越阿弥陀図・来迎図などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

禅林寺
ぜんりんじ

京都市左京区永観堂(えいかんどう)町にある浄土宗西山(せいざん)禅林寺派総本山。聖衆来迎山無量寿院(しょうじゅらいごうさんむりょうじゅいん)と号し、俗に永観堂とよばれる。空海の弟子真紹(しんじょう)によって855年(斉衡2)に創建され、863年(貞観5)禅林寺の勅額を賜った。以来、密教の正法を伝えたが、第7世として三論宗の永観(ようかん/えいかん)が住し、東南院を構えて浄土念仏を唱導するに及び念仏の道場となった。当寺にはこの永観にちなむ伝承が多く、念仏行道のとき弥陀(みだ)が先に立って後ろを振り返ったというので本尊を「見返り阿弥陀如来(あみだにょらい)」といい、また念仏三昧(ざんまい)に入ると光明赫然(かくぜん)として星のごとく聖衆が来迎したので、聖衆来迎を山号としたなどと伝える。また永観堂の称も永観の名に発する。その後、法然(ほうねん)(源空)に深く帰依(きえ)する静遍(じょうへん)が第12世として住し、西山派祖証空(しょうくう)がこれを継いで、当寺はまったく浄土宗に改宗され、寺門は大いに興隆した。源頼朝(よりとも)は静遍の高徳を慕い、当寺に帰依(きえ)して『大般若経(だいはんにゃきょう)』を転読させたので、この法会(ほうえ)が今日に伝わる。しかし応仁(おうにん)の乱などの戦乱もあってしばらくの間衰微したが、34世宏善(こうぜん)、37世果空(かくう)らの努力によって回復に向かい、豊臣(とよとみ)秀吉、徳川家康などの加護もあって漸次堂塔伽藍(がらん)も再興された。寺宝の絹本着色山越(やまごし)阿弥陀図(鎌倉時代)と金銅蓮花文磬(れんげもんけい)(平安後期)は国宝。そのほか浄土教系の美術遺品が多い。紅葉(もみじ)の名所として知られ、「いわがき楓(かえで)」は『古今集』にも詠み込まれている。[森 章司]
『『古寺巡礼 京都23 禅林寺』(1978・淡交社)』

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