福沢郷(読み)ふくさわごう

日本歴史地名大系 「福沢郷」の解説

福沢郷
ふくさわごう

大山町東福沢、富山市西福沢を遺称地とする。「政所賦銘引付」文明九年(一四七七)八月五日条によれば、越中国大浦おおうらとともに京都の和歌所の祭神である新玉津島にいたまつしま神社(現京都市下京区)領であった。領家は飛鳥井氏で、蜷川にながわ(現富山市)蜷川大炊助親家が「公用銭二千疋」納入の契約で代官請していた。ところが幕府申次衆(奉公衆)である佐脇左京亮が親家が進納した年貢を抑留してしまったので、親家が幕府政所へ訴え出たのである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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