福浄寺(読み)ふくじようじ

日本歴史地名大系 「福浄寺」の解説

福浄寺
ふくじようじ

[現在地名]川棚町上組郷

川棚川右岸、河原こうら城跡の南にある。川良山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。当初は真言宗という。近世初頭には大村軍八郎の館が築かれていた。開基の了信(俗名は惣右衛門)は祖父御厨次郎のとき下松浦しもまつらから川棚村山道やまみちにきていたが、肥前国の顕正けんしよう(現佐賀県多久市)住持が長崎に赴く途次に同家に立寄ったことが縁で真宗に帰依、慶長二年(一五九七)同寺から阿弥陀絵像を受けて安置した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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