私都古窯跡群(読み)きさいちこようせきぐん

日本歴史地名大系 「私都古窯跡群」の解説

私都古窯跡群
きさいちこようせきぐん

[現在地名]郡家町花原・山田・下坂・奥谷など

私都川中流域の丘陵にある須恵器窯跡群で、上流より福地ふくち篠波ささなみ山路やまじ花原はなばら山田やまだ下坂おりさか奥谷おくだにの各支群に一―二六基の窯跡が所在しており、総称して私都古窯跡群とよぶ。操業時期は採取された遺物からみて、五世紀末―一二世紀初頭と考えられるが、中心となるのは八―九世紀である。昭和六一年(一九八六)山田地区において調査が行われ二基の窯跡が検出された。窯跡はいずれも小型のもので一一世紀前半から一二世紀初頭にかけて、須恵器系陶器の生産が行われていることが知られた。同六二年には下坂地区で調査が行われ四基の窖窯と作業場などが確認された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む