デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「秋山白賁堂」の解説 秋山白賁堂 あきやま-はくひどう 1798-1874 江戸時代後期の儒者。寛政10年4月28日生まれ。広瀬蒙斎(もうさい)に師事し,陸奥(むつ)白河藩(福島県)の藩校立教館の学頭となる。文政6年昌平黌(しょうへいこう)にはいる。藩主松平定永の移封(いほう)により伊勢(いせ)(三重県)桑名藩儒となり,藩主の侍読をつとめた。安政4年藩校立教館教授。明治7年4月16日死去。77歳。名は勝鳴(かつなり)。字(あざな)は叔先,清風。通称は五郎治。別号に蝸庵(かあん)など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例