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秋葉街道 あきはかいどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

秋葉街道
あきはかいどう

長野県南部から静岡県西部,浜松市秋葉神社にいたる街道。国道 152号線の一部。静岡県掛川市以北と長野県飯田市以南は,参詣者の通行が多かったので,この名で呼ばれた。静岡県側では信州街道という。ほかに駿河湾西岸の牧之原市から菊川市森町を経て秋葉神社にいたる道などもある。

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世界大百科事典内の秋葉街道の言及

【秋葉山】より

…かつては青崩峡を通って遠江と信濃を結ぶ信州街道が峡谷状をなす天竜川流路沿いをさけて,春野川犬居から秋葉山頂を通過して山腹を山住峠に向かっていた。この街道は秋葉神社や山住神社の参詣路でもあり秋葉街道ともよばれた。山頂には秋葉信仰で知られる秋葉神社と三尺坊権現があり,12月中旬には有名な火祭がおこなわれる。…

【遠江国】より

…袋井はやや遅れるものの,おそらくは白須賀も含めて,他の宿駅は関ヶ原の戦の翌1601年(慶長6)に設置されており,幕府開設以前であることからも,東海道を重視した徳川氏の意欲がうかがわれる。また東海道の脇往還として,浜名湖の北部を通る本坂道(通称姫街道)があり,さらに秋葉山から水窪(みさくぼ)を通り,青崩峠を越えて伊那に至る信州街道(秋葉街道)も,地方道として重要であった。遠州からは魚や塩などの海産物,信州からは米や茶などがもたらされた。…

【遠山郷】より

…遠山郷は現在の上村,南信濃村,天竜村を含む地域をさしていたらしく,これは江戸時代を通して変わらなかったが,今日では上村と南信濃村一帯をいうようになっている。 江戸時代に,飯田から小川路峠を越えて遠山谷に入り,さらに青崩峠を越えて遠州秋葉山へと通じる秋葉街道が整備され,往来が盛んになると,上村の上町(かんまち)や南信濃村の和田は宿場町として栄えた。現在でも,間口が狭く家の裏まで通じる細長い〈通り〉を持った家屋がみられ,そのなごりをとどめている。…

※「秋葉街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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